昨日は父の命日でした

おはようございます、ちょっと小さいおじさんです。

薄日もさして、いい週末の予感を感じさせますね。

都民割を使って行楽などに繰り出そうかな。

都民はいいなぁ。

さて。

今日は過去のブログから記事を再掲載してお茶を濁します。

ご存じないかもしれませんが、昨日は父の命日でした。

2年前に亡くなりました。

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(前略)

ご存知の通り、しばらくこれをお休みしてました。
まず、書いておかなければならないことがありますね。
うすうすお気づきだったでしょうけど、父が先月末に入院し、先週亡くなりました。
入院してすぐ、これはいよいよだぞということになりまして。
主治医の先生から「もう何もできません」と直接言われたこともあって、それから病院に泊まり込むことになりました。
母は、泊まるのは大変、電話があったら向かえばいいのではないか、と言っておりましたが。
でも今までずっと離れて暮らしていたし、最高の親不孝を繰り返してきたという気持ちから、最後位はね、と思ってそうしました。個室にベットを入れてもらって。

途中、一度復活して意識を取り戻したことがありました。
「中治り」という現象らしいです。
誰もいない病室で父と少し会話をすることができました。
今まで食べたものの中で一番記憶に残っているのはなに?
とのおじさんの質問に彼はあれもこれもいくつも挙げてきました。
一番って聞いてんだろが一番って言ったらひとつなんだよ、そう思いましたがいくつも挙げたところが食いしん坊の彼らしいところでしたね。
「もうカツオは食べた?」
「食べたけどイマイチだった」
「そうか」
それが最後の会話でした。
以降、意識を取り戻すことなく再び眠り始めました。

先週のある日、ちょっと用事があったので母に交代してもらいました。
自宅最寄り駅に着き、自宅まであと少しというところでその知らせ。
たった少し離れただけなのに最期を見届けることはできませんでした。
なんとも皮肉なものです。
母に一番おいしいとことを持っていかれてしまいました。

以降、やることなすこと初めてずくし。
火葬も日曜日となってしまいました。
それもこれもようやく一区切り一段落。
今週からいつもの日々を取り戻すつもりです。
またよろしくお願いいたします。

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※一部誤字など修正して再掲載

親を亡くす。

そんなものは誰にだってあることで、今日も今もどこかで親を亡くしている人が何千万人もいるハズ。

貧乏人だろうがハリウッド俳優だろうがおかまいなしに、全員にやってくる。

それぞれの受け止め方があるでしょう。

おじさんは冷たい人間。

涙も出ませんでした。

もっとこうしとけば良かったなぞといった後悔の念も無かったです。

こうして2年前の過去記事を読み返しても、淡々とした雰囲気が読み取れます。

でも、何も思わないかというとそうではないですね。

ありがとう、という気持ちが以降ずっと。

遺影を見るたびに。

ただひたすら、ありがとうございました、ですわ。

それでは今週末も楽しみましょう。
では!