未達だった期末試験

おはようございます、ちょっと小さいおじさんです。

今朝は曇り。

微妙な朝。

何が微妙なのか。

正直に言えば、気分がすぐれない。

虚脱、失望や諦め、焦燥。

脱力、倦怠。

思いつく文字にするとこれらが今の自分を表すにふさわしい。

国語力が無いからこれ以外の言葉が思いつかない。

政治家が使うようなコ難しい単語を知らない。

なぜか。

息子の期末試験の結果が出た。

目標未達。

シンプルに書けばそうなる。

以前から掲げていた目標値があった。

そこに到達できなかった。

つまり未達、である。

未達に対しては未達の評価しかしない。

仮にそれがあと「数点」だったとしても、未達は未達。

到達していないのだ。

これをどう評価するか。

「頑張ったね、あとちょっとだったね、次は頑張ろうね」

こういう言葉には虫酸が走る。

届かなかったのであるから、そのように評価するしかないのだ。

数点足りなかったからとて「まぁいいだろう」とはならんのだ。

入試だってそう。

オックスフォード大学だろうが京大だろうが、開成だろう灘だろうが同じだ。

数点足りなくて入学なんてない。

合格と不合格には線がひいてある。

その線を越えて欲しいと思って目標値を設定した。

それは相互的に判断して出した合理的数値だ。

闇雲に高い数値でもない。

それは今回「数点足りない」という事からもわかる。

おじさんが勝手に設定したワケでもない。

話し合いで合意した数値だ。

その数値、線を越えられなかった。

数点とは言え、越えられなかったのは何回目の挑戦だろうか。

おじさんが熱を入れて指導した数学は学年で3位と8位だった。

喜ばないけど、まずまずと言える。

ほとんど教えていない。

あくまで「彼の勉強の援助」しかしていない。

廃棄される計算用紙の途中式やメモ書きから理解不足の部分を見つける。

そこをお話しする。

「これをやったらいいんじゃない?」

そんな風に。

解法なんか教えない。

そんなもん教えてもムダなのだ。

そんなやり方を中間試験以降してきた。

だから数学においては結果が出た。

もちろん自信があった。

この理解レベルだったら学年一桁は揺るがないと思ってた。

1位じゃないのが不本意だけど、そこは次につなげたいところだ。

ところが他の科目でつまらないミスを連発させた。

事前にそうなることが分かっていたはずなのに。

それが目標に数点及ばず、という結果に直結した。

ここが腹立たしいところだ。

大谷選手の言葉にあった。

ドジャースへの入団会見の時の言葉。

ちょっと引用。

これよ、これ。

我が家には無い。

おじさんが一人でカリカリしてもな。

勝てないチームに見切りをつける日が来るかもしれない。

それでは今日も頑張ろう。

では!