「服を買ってくれ」

空気中を舞う花粉。

はっきりと見える、そんな朝。

おはようございます、ちょっと小さいおじさんです。

さて。

息子君が衝撃発言。

なんと昨夜、「服を買ってくれ」と。

初めて聞いた発言。

息子君も初めて発音したと思う。

今までの息子君の服は事情が特殊だったかも。

我が家で購入したことはほぼ無かった。

幼児期、幼少期はおさがりが大量に届いてた。

中学校からは「買ってもらってた」。

子供の居ないご夫婦が買ってくれる。

ウチの息子君を我が子の様に思ってくれてる。

そういうご夫婦が数組。

だから服や靴を買うことがなかった。

学校も制服だし、普段着の需要もさほどなかった。

おじさんも「服とかどうでもいい派」だし。

なんなら毎日同じ服でいい。

ブサイクに限って東京モード学園みたいな服を着てるじゃん?

ああはなりたくないなぁ、って思ってる。

だからなるべく人目に付かないものを着てる。

息子君がそういう影響を受けたのも仕方ないだろう。

だが。

ここへきて冒頭の発言である。

これはいったい。

今まで買い与えられていた服。

それらは気に入らなかったのか。

連れて行かれて一緒に選ぶのだからそれは無いだろう。

ではナンなんだ。

そう考えて思い浮かぶのは「精神的巣立ち」だ。

買い与えられる物ではなく、自分で買いたい。

親とは別の意識を持つ。

上から降って来る物に対する軽い抵抗感。

そうか、そういう時が来たか。

なんか寂しい気もするねぇ。

まだまだ子供だと思ってたのに。

そうなると無理にでも買い与えたくなるのが親心。

オレの買ったの着てろ、と。

それでは今日も花粉症でないことを感謝しながらいこうぜ。

では!