10をもらって5しか与えられない

おはようございます、ちょっと小さいおじさんです。

今朝は晴れてます。

今度こそ梅雨明けで間違いないでしょう。

昔のブログのカスが出てきました。

今日はコレを転載して終わります。

ちょっとなんか書くような気分じゃないんですわ。

息子の中学受験のちょっと前に書いたものですね。

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息子、いよいよ目前。
長かったような短かったような。
ちょうど40年前のおじさんを思い出します。
もうそんな前なのでだいぶ忘れちゃいましたね。
覚えていることも断片的になってきました。
まだらボケ、というやつでしょうか。
それともただ単に血が不足しているのでしょうか。
おじさん、小学校が嫌いで嫌いで仕方なかったですね。
建物が嫌いというか、先生と生徒が嫌いでした。
休み時間にボール蹴りしたり、そんなことはしませんでしたね。
そもそも誰かと仲良くなれませんでした。
ありていに言えば、まぁ嫌われていたのでしょうね。
廊下の流しの排水口に雑巾で蓋をし、水をいっぱいに貯めては一気に流す。
そんなことを4年生の頃に一人でやってました。
休み時間のたびに。
今思えば「キモい」ですね 笑
渦巻がいつも一定方向であることが不思議でしかたなく、どうすれば逆方向になるのか、それを様々な廊下の流しで試していました。
あるとき親が学校に呼ばれ「お宅の子供がちょっとおかしい」と。
でも大学生になったとき物理学かなんかの講義の時それが「コリオリ」であることを知り、そのときは思わず声が出ましたね。小学生の頃の謎が氷解した瞬間でした。
誰かと遊ぶより、一人でなんかしてる方が良かったです。
誰かと遊ぶとトラブルになるし。
それでも無理やり学校には行かせられました。
そう考えると息子と同じ、というか彼はおじさんをなぞったように生きているような気がします。
今は学校に行かないという選択肢を選べるからそうしているだけ。
彼にはちゃんとした中学生になって欲しいと心から願うばかりです。

とにかくアスペ親子のルーレットは回り始めました。
何にどれだけ賭けるか。
ボールはどこに止まるのか。
楽しみです。

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「ちゃんとした中学生になって欲しい」

この時おじさんはそう願っていました。

何が「ちゃんと」しているのか。

「ちゃんと」とは。

その定義はひとまず置いといて。

モロモロうまくできないのを見ると、今では不憫に思えてきた。

何をやるにしても人の何倍も時間がかかる。

何度やってもうまくできない。

人の話を理解できない。

自分の考えを伝えられない。

ちゃんとした平均的な中3程度になって欲しい。

欲張らない。

並みでいい。

だんだんかわいそうになってきた。

自分の子供に対して「かわいそう」なんて感情はおかしいかもしれない。

でもそう思ってしまってる。

きっとおじさんも子供の頃、そうやって哀れまれたのかもしれない。

でもそんな不憫な息子を育ててくれた両親。

でも。

おじさんは親になって、自分が受けた愛情を息子に与えられていない。

自分だけがから回りしている。

それでは今日もなんとかやっていきましょう。

では!